
ブログの醍醐味はツイ〇ッター(エッ〇スと呼ぶのはスカしているって小耳に挟んだんですけどマジっすか?じゃ、〇ックスっていつ使ったらいい言葉なんでしょか)やイン〇タよりも好きなだけ暑苦しく語れることだと思い、それで始めた訳なんですけど。
(始める前にno〇eも頭を過ったのですが、なんか結局ブログにしちゃったんですよねw)
毛がバッサリ抜け落ちてしまうくらい悩みながら、書きたいことやブログの名前も【シュルログ】に決めて、「さぁぁぁ、行くぜ?書いちゃうぜ?」と鼻息荒くしていたのに、ワードプレスさんの賢威8さんを選択したばかりに、設定で躓いてしまったり画像サイズを変更しなきゃいけなかったり、ツイッ☆ーのアカウントに飛べなかったり、書くことの前にやらなあかんことが多過ぎてワラワラ&ワナワナ=ワラワナ状態になっています(;_:)。
しかもそもそもリンクが私のツ☆ッターだけしかなかったからか、このブログの名前【シュルログ】でグーグルさんで検索しても、全く出てこない状態が数週間ですよ、奥さん!
それはワールドワイドな世界にポツンと浮かぶ孤島でもない藻屑のよう・・瓶詰の地獄の世界・・ではないですが(乱歩先生に失礼ですよね、すみません)、まぁ気持ちだけは瓶詰地獄っ兄弟と似通っていて、暗澹と追い詰まってしまってどうしたええねん状態が数週間続いてしまった訳です。
ならば、カウンセラー仲間とかなんならクライエントさん達にリンクしてもらえばいいじゃんと思われるかもしれないのですけど、私がサヴァネコ(サバネコ)でブログを始めたのは、私の考えることのみ、これまでやってきたことの経験のみでどこまでのことが出来るのかも試してみたかったんです。
例えがまた暴力的ですが、養老孟司さんがそこそこ良いご出身の方ではなく、そして東大名誉教授だった方という肩書を持たず、あれだけの共感を得られるのならば本当に素晴らしい、まだ日本人は日本語を捨てていないと心から思えるのに・・というところなんです。
(昨今、活字離れ問題やLINEや呟きなどにみられる句読点を嫌う傾向などを憂う方々が大勢いますね。私も語彙力がふんだんな方ではありませんけれど、時々さすがにどうなんだ?と思う事はあります。けれど今をときめく米津玄師やクリーピーナッツ、キタニタツヤなどなどの歌詞は極めてハイクオリティでメチャ凄いとも思うんです。あの歌詞を理解出来ているならば、実際日本語パワーが今は衰えていたとしても、根っこはちゃんと生きていると考えています。冬時期に葉は枯れる宿根草みたいな感じで、弱ってみえる時期に根を鍛えているのかもしれないとも思うんです。)
そんなこんなでしてね。。。なので、SNS大好きラブ!ティックトッカー、インスタグラマー最高!の知人に、ブログの初歩の初歩をチラッと聞いてみたら、彼女もブログ界隈は知らず(・・ブログはもはやSNSではないのでしょうか・・)、でも調べてくれて「ブログランキングと日本ブログ村には最低限登録した方がいいらしいよ」とアドバイスしてくれたので、早速登録してみました。
そしたらですね、今日!ようやく!【日本ブログ村】に登録したリンクが出てきたんですよ(凄い嬉しかったです!ありがとう、メルシーです。日本ブログ村さん!)パチパチ!なんか上手くいかないことが多過ぎて、目指すところがどんどん低くなっていってしまい、ヒャッハーモードで感動しております。
しかしやはり自己満ブログの為に必死になっている訳ではないので、ここからまたコツコツと色々な作業をしつつ、充実したブログにしていこうと思っています。
多分しばらくはお見苦しいところが多々多々とあると思いますけれども、今このブログを読んで下さっている方は、世界中でコアなだけでなく超レアな方々ですので、そのラッキーを弾みにして、ご自身の目指している更なる高みに上り詰めていただけることを心から願っております、どうもこんにちは、サヴァネコ(サバネコ)です。

ながーいながーい前置き話に続きまして、ようやく本題です(‘ω’)ノ。
先日、ロイヤルコペン家のハーゲンさん(←冗談です。ロイヤルコペンでは多分区切らないと思います。念のため)のミニイヤープレートを、あるクライエントさんから頂きました(仮にSさんと呼ばせて頂きます)。
Sさんはもう9年前から私に毎年欠かさずこのお皿を下さっています。
この贈り物には、もう有難いの一言では片づけられないくらい感謝をしています。
頂く度にこの方との数えきれない思い出が蘇ってきて、「いつも切迫していてあんなことやこんなことをしてしまう人だったのに、目に輝きがあるし素敵になって、ほんとに良くぞここまで自分の人生を歩いてくれるようになったな」と、頂いているという立場でありながら感極まって母のような気持ちになってしまいます。
私がコペン(私のなかでだけ用語ですw、このミニイヤープレートは以下このお皿の事はコペンさん呼ばせて頂きます)を初めて手にしたのは、2011年のカウンセラーになった年でした。
この時もこのブログを始めた気持ちと同じような感じで『何となく』記念になるものを持っておきたいなーと伊勢丹をフラフラしていた時にこれまた『何となく』購入したものでした。
そしてカウンセラー2年目の夏、何とかまだ仕事を続けていられているのでコペンさんを今年も買わなくちゃなと思っている時、先輩カウンセラーの方から担当を引き継ぐ形でSさんと出逢いました。
私は最初の半年間は比較的問題言動・思考のないクライエントさんの担当をしていましたが、(多分)あまり期待されていなかった(←私は見た目も話し方もフニャフニャしてしまっているので頼りないと思われていたと思います。少なくとも最初に勤めた病院の方は最初そういう感じの対応でした)割には、クライエントさんが信頼して下さり、心を開いて頂けたので、カウンセリングの進捗が良好だったので(この結果は今でもですが、クライエントさんに恵まれているというのもあるかと思います。皆さんあり得ないくらいに心の底が澄みきっていて清らかなばかりに傷つき、これ以上の負傷から身を守る為に殻を作った方ばかりなのです。これには本当に恵まれているなと感じています)、癖強めと判断されていたクライエントさんを徐々に引き継いでいるその中の1人がSさんでした。
Sさんは相当厄介なクライアントとされていて、Sさんと担当と決まってもまだ会っていないうちから、担当医やそれまでの私の先輩にあたる担当カウンセラーの方の申し送りの書類がどえらい量でたまげた記憶からあります。
まぁ・・書いてあることはざっくり、【被害妄想や気難しさ、気分の揺れが他のクライエントさんの追随を許さずぶっちぎり、おまけに薬物依存傾向の強い影響が見受けられ、約束を頻繁に反故するのでお手上げなんです←今ここ!後はよろしくな!】でした。
ですがカウンセラーとして、恩師もびっくりの怖いくらいに順調なスタートをしていた私はなんとなく、上手くいくだろうと高を括っていたんですよね。
その後Sさんには、気持ちいいくらいに見事に初めて大きな挫折をたっぷりと堪能させて頂きました。
初めてSさんに出会った2012年・・。たくさん勉強させられました。教科書や参考書、誰の経験談も(私とSさんには)役に立たなくて、週に1度のSさんのカウンセリングの日は帰宅後に自分の力のなさに絶望して1人でずっと泣いてました。当時はSさんにどうすれば希望を見せてあげられるのかばかり考えていて、恐ろしく気持ちがささくれだっていたので猫たちは私のそばにいるのがイヤだったでしょうに、意外にそっと寄り添って丸まってくれたり、唐突にふくらはぎを舐めてくれたりw、猫って結構優しいんだな、可愛いだけじゃなかったんだなという発見をしたりもしていました。

その年の正月休みに私がカウンセラーになりたいと決意したきっかけの本を改めてじっくりと読み返して(←この本についてはもう少ししたら書こうと思っています←秀丸にて只今絶賛下書き中です)、Sさんの心が求めているものがうっすら感じることができたような気がして僅かな希望が見えてきて・・2013年年明けからは気持ちも新たにSさんと向き合わせていただきまして、二人三脚する為の呼吸がたどたどしいながらもSさんと少しずつあってくるようになり、そしてやってきた忘れもしない2015年!
Sさんはかれこれ8年程仕事が出来ない状態だったのですが、この年から少しずつお父様の仕事を手伝えるくらいにまで気持ちをコントロールできるようになり、ほぼ同時期に羨ましいぜな素敵な恋人とも巡り合い、いつもどこか寂しそうだったりしていた表情は生気を取り戻し始めて、ぱっと見初めて会った時とは別の人のように思えるまでに自分を取り戻し、また大事に出来るようになってくれたのです。
この期間中に私のことなども話す機会がほんの少しはあったんですけど、ある時なんの意図もなく「コペンさんを毎年買って皿が何十枚にもなるのを目指したいですよねぇ」的な事を何かの話のついでにしたことを、Sさんは覚えていて、2015年日本で発売されるのを予約して下さりいち早く手に入れプレゼントしてくれたんです。。。。
「今年からは毎年自分が渡しますからいつの日か飾って下さい」と、レアな素敵な笑顔を見せてくれながら言ってくれました。
もうその気持ちだけで十分ですし(今となっては9枚もありますし枚数的にも十分過ぎな気がしてますw)いつSさんが私を必要としなくなっても元気で、時には幸せをしっかりと感じてくれたらもうそれだけでいくらでも反芻出来る感動と喜びがあるので、御礼がしたいのはむしろ私の方なんですけれども、今年も頂いてしまって、、、どうもありがとうございます、なのでした。
Sさんにもこのブログを書いていることは内緒にしているので、今はかなり大まかな事しか書けませんが、いつか機会を見て、Sさんの事をある程度書いても大丈夫か聞いてみて大丈夫そうでしたら、もうちょい詳しく書きたいと考えています。
始めはかなりの困ったちゃんタイプのクライエントの方でしたけれども、程度の違いこそあれ、1つ1つの行き詰ってしまった思いが結果的に言動を歪ませてしまうことは、普通の方でも普通にあることです。
どんな方でもSさんの葛藤と努力の記録は役立つのではないかなと思いますので、、、これは機会を見てですね。
この仕事はクライエントが自分に依存せずに、独り歩きできることを目指さなければいけないのがとても重要なのですけれども、本人さえ閉じていると自覚していないけれど、鉄製のめっちゃいかつい鎖とガッチリ南京錠が取り付けられている心に、まずこの南京錠の鍵見つけないといけないという言葉を届かせるには、向き合っていくということも同じくらい大事だと私は考えています。
私の考え方は同業の方のなかでも賛否両論があるとは思いますし、その考え方で仕事をすれば、日に何人ものクライアントに対応するということは不可能ですから、私のやり方が圧倒的に正しいと私自身も考えておりません。
凄く身勝手なのですが、私は私が助けたい人を助けたいんです。私の資質や能力的に、より多くの問題を捌いていくということに向いていない、それだけなのかもしれないのですけれども、私は助けたい人を助けたい。
この気持ちがある限り、この仕事は頑張って行こうと、このコペンさんを頂く度に、強くまた思えるのでした。
私の場合はコペンさんですが、イヤープレートなどはいろんな人々が様々な思いで購入したり頂いたりして傍においているんだろうなと考えたりもすると、感慨がますます深くなります。
目には見えない思いを形に変えていくという事は、それがどんなに些細だったり、他人にとっては取るに足らないことであったとしても、思いがその人の無垢なところが生まれているものである限り、私にはその思考や言動は非常に魅力的なのです、というお話なのでした。






