悦楽共犯者DVDと名無しのハオルチア(オブツーサ系?)

ここ数日新しいハオルチアを手に入れる為、楽天やヤフオクやGoogleさんが教えてくれた多肉のオンラインショップやメルカリや楽天を、暇をみつけては電卓片手に検討してるんですが、ハオルチア系もですけど多肉は何しろ紅葉した時にどんな色になるのかが肝心だったりする(と個人的に思う)ので、紅葉時の写真をつけてくれるとより買いやすいのになぁと思っちゃうんですけど、あまり見かけないという事は簡単じゃないんでしょうね。

通販ですとあんまり写真が綺麗過ぎても、届いた時えーってなってしまい、クレームにもなりやすいでしょうしね。紅葉時の写真ですと説明つけても写真の美しさに目を奪われて見ない人も多くなりそうですし、何かきっと理由があるんでしょうね。
いいです、大丈夫です!Googleさんでも調べて、それでも分からなかったら想像してみて、・・・最後は賭けますのでw!!

そもそもなんですけど、私は多肉のことすらちょっと人より知ってる程度なので、植物全般のことは良くわからないんですが、多肉は韓国苗が3年くらい前から?急激に入ってきていて、「アホか、覚えらんねぇだ!」と思わず逆ギレして頭がショートしそうなくらい色んな名前のものが出回っておりまして、選択の幅が広がったのは嬉しいのですけど、とにかく無茶苦茶あって探す度にビックリしちゃいます。

かといってやはり何気に価格に秩序はしっかりあり、人気のものはそれなりのお値段で販売されていていますし、オークションなどでも激安で売っていることはほぼないことを考えると、みんなこの怒涛の情報量を整理&分析しているんだな~と、かく言う自分もギリギリで食いついているからこそ、最低限の流れは見極めてしまっている訳ですから、「コレクター脳というのはしようもないわ~、きっとこんなことで脳使っていることで違うことに頭が回らなくなってるんだな、怖いな~、でも仕方ないよ欲しいんだもんな~」と誰を呆れ、誰に言い訳しているのか分からんことを考えつつ、今夜迎え入れるおニューのハオルチア君たちが最終決定予定なので、来週か再来週には届くんじゃないかなってまだお金も払っていない(ポチリしてないもんでw)のに、植え替え予定のスケジュールを組み立てつつウホウホしております、こんにちは!サヴァネコです。

はてさて、今回は映画『悦楽共犯者』についてのお話しでございます。

 

悦楽共犯者の半チケとシュヴァンクマイエルの本

鬼才シュバンクマイエル監督の渾身の名画、チェコアニメの代表格と言っても過言でないと思うこの映画のDVDは現在(安定の…悲しいです(;_:)廃盤ではあるのですが、内容が内容なだけに?中古をアマゾンなどで調べるとそこまでべらぼうなプレミアがついている感じはないのでレアと言うほどじゃないかなと思います(ですが定価よりも安くなっている状態では今のところなさそうです)。

私はですね、当時付き合っていた彼が初めてプレゼントしてくれたのが何とこのDVDと『シュバンクマイエルの世界』の本でした。その当時既に中古しかなかったらしくw、「君が好きそうだから」と照れ臭そうに笑いながら包みもなくそのまんまで渡してくれたんですけど、まだ若く世間(の闇の深さやその興味深さ)をそれほど知らなかったもので、それぞれの表紙を見て「B級の匂いしかしないんですけど」と内心思いつつ軽く御礼を言って受け取った記憶があります。

その彼と別れてからこれらを受け取っていた事を思い出して、処分する気満々だったのですが、その前にちょっと観ておこうかなと言うしょうもない感じで『悦楽共犯者』を観ました。

ざっくりのイメージは、しょっぱなから最後まで、私のしょうもなさとどっちがしょうもないか、結構いい勝負?なドン引きな人々がドン引きな行動をしつつ、【とても個人的】に【それぞれの悦楽】を楽しんでいる映画です。

言い換えても結局同じことなんですけど、一応言い換えますと、特殊な性癖の人達6人が出てきまして、アラアラもぅこの変態さんたら的内容なのですが、この映画が凄いなと思うところは途中から、気が付かないうちになんか自分にもこの映画に出てくるヤバい人たちと同じようなヤバさがあるように思えてきて、それをこの映画を作っている人に予め見透かされているような、初めて感じる羞恥を伴うイヤな気持ちになるところと、段々登場する変態さん6人衆が憎めない人達に思えてきてしまうという、ほんとに何とも言えない気持ちになるところは、本気で凄いと思います。

観終わる頃にはおかしな彼らの”何か”をどこかで理解してしまっているからこその気持ちであり、その気持ちを持つという事は、そう。ある意味、ま・さ・し・く彼らの”共犯者”担っているという訳です。

そもそも『悦楽』って日常用語としてはほぼ使わないですし、言葉の響きが耳に引っかかる何気にパワーワードですよね。
この映画のタイトルを翻訳した方のグーなセンスに乾杯です。

『悦楽』。それは”よろこびたのしむこと”とGoogleさんはまるっと平仮名で教えてくれます。

喜び楽しむことなんて、誰にでもあるように思っていることですよね。その気持ちがない人を想像する方が難しいのではないでしょうか。

けれど『悦楽』って言葉の響きには、漠然と怪しい感があり、どこか背徳的なものが含まれた快楽を指しているように感じてしまうのは何でなんでしょうね。

楽しむ意がある言葉を軽く調べただけでも、『快楽/歓楽/享楽/享受/悦楽/逸楽/謳歌』があり、『快楽』も同じような背徳さを漂わせている響きを持ってはいますが、ちょい安直さも帯びっちゃってる気がするのでやっぱり『悦楽』そしてその『共犯者』というタイトルは、この映画の価値を一段上にあげていると思います。

シュバンクマイエル監督は、チェコの警察博物館に押収品として展示されているらしい、かなり大掛かりな【自慰機械】からインスパイアされてこの映画を作ったそうでございます。

それだけ知ってしまうと、ただの変態さんワールドになってしまうのですが、問題は”この機械がおまわりさんに押収され、さも自慢とばかりに博物館に展示されている”という事です。
「変わったやつもいるよな。笑ってやろうぜ」というバラエティ的感覚で展示されてはいないのです(曲がりなりにも警察の博物館ですので)。

悦楽共犯者のチラシとバックはベルリンの新聞

ここには先進国やヨーロッパの小国などの世界全般(キリスト教的世界観と言いたいところですが、本来なら日本も現在深刻に人口減少化が加速しているので、国策として大声で言わないまでも何かしらは考えているのではないかと思いますのでざっくり世界としました)が、国として成立してからずっと抱えている問題と繋がっています。

ばっさりした話で言いますと、国力の増大や維持をする為に重要な柱の一つとして人間(国民)の数はあり、それらの人間を円滑にコントロールするには、あらゆる意味で”適切な”モラルの中で性行為をし、子を産み育てる家族主義をしっかりと根付かせたい思惑と、自慰行為は相対立しているものと考えらているから”押収”されてしまうのですね。

自慰は独身者(子を産み育てるという事をしない)をイメージするものと捉えられ、売春婦や同性愛者と同じカテゴリー枠に入れ非難すべき犯罪的行為であるという思考が根底にあるのだそうです。

パンフレットによりますと今なお世界の文豪の1人として名を馳せている『サランボー』や『ボヴァリー夫人』の著者フローベールの考える独身者とは「すべて利己主義で道楽者。独身税を課すべき!寂しい晩年を自ら準備しているのだから」と『紋切型辞典』に彼の意見を書いているそうでございます。
(個人的にはそんな風に言われたら、当たってるような気もするので”どうもすみません”と思います…。少なくても”国”の維持とはそういうもので(国力が弱小化したからと言って金持ちの国が無条件で支援してくれる訳はないでしょうし)、日本の良い部分も十分に享受させてもらっていると思いますので、べらぼうな税金でないなら払うべきなのかもと考えてしまうタイプです。)

悦楽共犯者のDVD内側。へんてこ機械の説明付きイラストつき

かなり難しい問題で私なんぞはまだまだ勉強不足で判断しかねる事が多いので、「ふぅん。なるほど…」くらいしか言葉がないのですが、でも、でも、警察が押収するまでしなくて良くね?とも思うんですよね。

だって自慰機械ですよ?誰を殺めようとか傷つけようとかしている訳ではないですし、「この機械が世に広まって、みんなこの機械の虜になってしまえばいい」位の野心があったならもしかしたら問題は出てくるのもですけれど、でもそれならこの機械以上にラブドールみたいなより人気でやすい(と言うよりもう一定した人気はあるんでしょうかね)ものの方がより「あー家族持ちてぇ」って気持ちから遠ざけている気がするんですけど、私はこの辺りの感覚が学生時代に風俗ライターを経験してしまったせいで、モラルや性的な事に対して必要以上に冷めた目で考えるようになってしまい、ちょっとおかしくなっちゃっているんで一般的な人がどう思うかが良く分からなくなっているんですが、どうなんでしょうね?

まぁ(出来るだけ)普通に考えたら、結婚相手の家に遊びに行ったら、ごっつい金属製の機械があり「これなに?」って聞いたら「え、自慰機械だよ?」と普通に答えられるのと、ベッドのなかにラブドールがあり「なんでこんなのがあるの?」と聞いたら「必要だからだよ、としか言えないんだけど」って普通に答えられるのと、たぶん…普通にどっちも嫌だろうけれども、相手に少し知恵と思いやりがあるなら、意味不明な分だけ機械の方がましかもしれないですね。
「色んな機械を作るのが実は趣味でさー」と曖昧に濁せば、それで納得しちゃうでしょうからね、何に使うかまでは普通は聞かないと思うので。

どちらにしても、浮気でも何でもないのに手の込んだ自慰をわざわざしているってことが漠然と”キモく”思えるだろうと考えられるのは、脈々と流れる祖先の血が「産めよ増やせよ」と呪文のように動脈静脈で唱えているからなのかもしれないですけれども、実際どちらも実在していて、特にラブドール愛好家の方はほんとにふつーに、何なら爽やかに日常を過ごしていると思います。
…彼のある部分は『悦楽』の『共犯者』のまま、お巡りさんに押収されることもなくふつーに生きていけることを深く考えもせずに「あったりまえじゃん、そんなの」とは言ってはいけないかなと、必死で時代を駆け抜け、奇跡の立ち位置にいる日本に住んでいる以上思うんです。
深く考えても今の日本がなんとなく今の日本になったと結果思う人はそこで『共犯者』というワードは消え、葛藤のない分魅力を半減させながら、1人で完結する『悦楽主義者』になるのでしょう。

対立と葛藤、それにともなう負荷(ストレス)は、とても苦しいですし、ない方がよりいいと思うのですけれど、これがあると(要※耐えられる範囲ギリギリがポイント)何物にも代えがたい”魅力”が生まれて、ノンストレスだとただの”能天気”(フローベールが言う利己主義で道楽者)になるんだと思います。
(利己主義が悪いとも判断がつきません。比較対象物の必要ない思考はある意味最強だと思うので、羨ましいところもあるっちゃありますので)

”魅力”なんていうものは比較対象がなければ、ほんっとになーんの意味もないものですから、利己主義ならば誰にどう見られようがどうだっていいでしょうし必要としないでしょうけれども、私は自分の感情が”魅力的だ”と思うものをずっと愛していきたいので、葛藤やストレスを無下に出来ない難儀な星の下、これからも命ある限りそう考えながら生きていく覚悟でございます。

個人的に残念だなと思った点を1つ挙げると、難しい背景や土台の上に、監督を始めとして様々な人たちが真摯な思いで作り上げたと感じさせてくれはしますが、初めからカルトを狙いに行ってる感が強めということかなと。

悦楽共犯者のチラシ裏面。シュールな事が分かりやすく書いてある

ハリウッド映画と同じ土俵の映画で、しかも才能のある監督が作った作品なのですから、もっとハリウッドスターしか興味ない人に向けているような「スゲーの作ったから、1人でも多くの人に見て欲しいぜ」と言う感じが全くしないのはちょっと残念です。
どこかで心閉じていて「この世界観が分かんねーバカにはこちらとしても用はありませんので、そこのとこご了承ください」的なものを感じさせちゃうのはもったいないなと、偉そうながら思ってしまいました。
ただのカルトやアングラムービーならばそれでも良いし、どこから目線な雰囲気があっても特別そんなに気になんないんですけど、これは良い作品だと思うので、です。

なにはともあれ、です。
『悦楽共犯者』はしょーもない6人のしょーもない性癖のB級映画と思うか、何かしら考えてしまうかで自分の強みと弱みが理解できるという点で秀逸なチェコアニメだと私は思いますと言うことがお伝えしたい、今回のお話しでした。