ふぅ。秋も深まり、どこからか金木犀の香りが漂ってくる季節になりましたね。
金木犀の匂いは大好きなんですけど、通りを歩いていてずっとその匂いに包まれていると、なんか心がフワフワというかざわつくというか、なんとも言えない気持ちになってしまうのですが、そんな感じになるのは普通のことなんだろうか、どうなんだろうかと、どうでもいいような不思議を毎年この時期になると思い出しますw(そして冬が来る前には忘れてしまいますw)
それはさておき、ですね、アフォリズムのカテゴリーで、またしかと熱い思いをしたためておきたい言葉で、バタイユの『地獄とは、神が無意識に私たちにチラリと見せる、ぼんやりとしたその姿のことである』というものがあります(エロティシズム~澁澤龍彦訳より)。
神様に”うっかり”があり、しかも、全く何も願う言動をしておらず、とんでもなくどうでもいい時に”うっかり”その姿を、例えぼんやりとでも見てしまったら。
それはかなり…自身の信心の強さを試されちゃう事だろうなと…、たまに思い出しては「恐ろしいな、この気持ちが地獄なんだろうか」とか思っています。
そんな私は神様を自分でも信じているのかいないのか、実のところ良く分からないまま生きているのですけれど、バタイユのこの言葉は何となく思い出しては考え込んでしまう言葉の1つです。
一般的ななかでも超ライトな考えの仏教徒の両親に育てられているせいかしら?とも思いますが、同じような環境で育っても、自ら進んで信じる神の教えを守る宗教に入信する方もいっらしゃいますし、どうなのかはっきりしないのですけど、大好きな人がこの地球からいなくなっている、あるいはいなくなってしまった時、「もしも本当に天国があるのなら、そこで安らかであって欲しい」や「もしもあと何十年後か明日か分からないけれども、私も天国に行けるのだとしたら、こっそり遠くからお見掛けしてみたい」などとはかなり本気で考えていて、「しゃらくせぇ!死んだらみんな藻屑よ、藻屑!」と割り切っている方々ともちょっと違う気がしています。
神様の定義が”絶対的であるもの”だとしたならば、私が好きなもの信じているものを神のポジションに当てはめて考えてもギリセーフ?と勝手に神をすり替えている自分を勝手に許して思っても、”うっかり”な場面で”うっかり”してる人達を見たくないかもと思うと絶対的とはかなり難しい事だと感じ、どこまでも好きでいられる自信をつける為にも、よりより好きな気持ちを鍛え上げ、磨き上げていかなあかんぜよと身が引き締まる思いになります。
好きな人にはどうしても自分のイメージを持ってしまいますから。そのイメージに外れた…、しかもかなりかけ離れた事を天国でしているのを仮に”うっかり”見てしまったら、「嫌いになった、醒めた、蛙化しちゃった」とシラケるだけならまだいいですけど、それまで大好きだったあれやこれやも台無しにしてしまうくらいのダメージを被る可能性もあるわけで、それは要するに私の生きざま全てを否定することにもなることなので、それはもうほんとに死ぬこと以上に”恐ろしい”です。
もっと…、大好きで、本気で命賭して愛しているようなもの達であれば、それこそ神のような心で愛さなあかんのだろうと、このバタイユの言葉を思い出す度、自分を戒め、叱咤激励しております。
ここまで書いてしまうと、「また後で別にこの言葉について書く必要あるかしらね」と途中で思ったんですけど、どうにも止まらず書いちゃいました!こんにちは!サヴァネコです(‘ω’)!

今回はかなり頑張って好きになろうとしたけれど、どうにも胸が震えずむしろ冷静になってしまって難しかった、そしてそれは今なお続いている、夢野久作の作品『瓶詰地獄』からの、夢野久作と私についてのお話です。
瓶詰地獄にまつわる話がほとんどなので、そのイメージの写真を撮ろうとコレクションをしまい込んである箱を結構漁ってみたんですけど、どうもピンとくるものがなかったので、ここは太田蛍一さんに助けて頂こうと思いました。
太田蛍一は戸川純&上野耕路と一緒にやっていたバンド『ゲルニカ』での活躍の方は知ってるという方もいらっしゃるかもしれません。
何と言うか、なんとも強烈な絵を描かれる方ですよね。なのでちょっと距離を取りたい人に「好きな画家とかいます?」と聞かれた時、「あ、太田蛍一とか、ですかね。太田は爆笑問題の太田で蛍に漢数字の一ですね。好きですね」と答えると、割と親切丁寧に答えているにも関わらず、ほぼ百パー知りませんしw、仮に調べられたとしても「ちょっと調べてみたら、いいですね!あの人の絵!」とはなかなか言いづらい(はず)でしょうし、「こんなの好きなのキモ。キッショ」と思われることの方が多い(でしょう)のが推察しやすい、かーつ、何だか分かりませんが太田蛍一の絵を見た人は、賞賛・拒絶・許容どの感情のいずれでも底知れぬ深みを感じる方が一般的に多いように感じますので、簡単にバカには出来ない気持ちになるようなので(尊敬もされないですがW。ま、これがサヴァネコ風いい感じの距離の気持ちですw)、”ちょっともう少し距離感欲しいな~”と思う人がいましたら、”絵が好きなんですよね~”と幾度かタイミングを見計らって会話に織り交ぜ、種を蒔いておき、お相手が好きな画家を聞いて来るのを待ちましょう。
あ、またこの可能性はほんとにとても少ないですが(少なくとも私はまだ未経験w)”あ、知ってますよ。太田蛍一良いですよね!”などと言われ、彼を予め知っていた場合と調べてみて彼の魅力を何かしら分かってしまった”なんか癖になる絵ですね。好きになっちゃいましたよ”などと言ってくる方がいましたら、そのお相手はますますあなたが気になって距離詰めてこようと頑張ると思いますので、また違う手を考えなくてはいけません。百パーに近いですけど絶対ではないので、万が一には備えて次の手も考えておきましょう。
太田蛍一の話はともかく!、しかもドグラ・マグラはともかくなんです。私は拗らせた人(気持ちの中だけ)代表としてドグラ・マグラは完読しなくてはいけないと、最低10回は軽く読もうと頑張ったのです。でもいつも途中で挫折してしまっていて、未だに完読出来ていないですし、なんならもう一生このままでもいいかなと思っているこの頃であります。既に手持ちの本は処分してしまいましたし。
でも忘れた頃に夢野久作はふと名前を見掛けるので、学生の頃の可愛らしかった私は、何かしらこの人の何かに引っ掛かりを見つけなければと、違う作品を読み始めた結果、「タイトルが素晴らしい!語感も最高!」と思えたのが『瓶詰地獄』だったのです。
いいですね。『瓶詰地獄』という言葉の響きとイメージ。その時々の健康や精神状態で色んな地獄絵図が想像出来そうな良い言葉です。それは今でもそう思います。
『瓶詰地獄』を知らない方にざっと(過ぎですが)説明しますと、無人島で兄妹が愛し合ってしまった苦悩と葛藤の物語です。
このざっくりし過ぎの説明が私の感想を物語っている気もしますが、調べてみたらkindleだとメチャ安いのでこのくらいのお値段ならチャレンジされてもいいのではとも思います。私と同じでドグラマグラを挫折してるけど、1つくらい作品を読んでおきたいと考えられているならいいんじゃないかなと思います。(ですが勿体ないことしたと思うリスクも高いお品の気がしますから、自己責任でお願いしますね(>_<)
これを戦前の日本で日本人が書いた作品と考えれば、(民俗学者の柳田國男登場などより以前の相当閉鎖的だっただろう社会でということで、です)問題作だったとは思うんですけど、どうせなら長編で親や親戚たちを巻き込みながらの大作だったら面白そうだなとは思いました。
(*ここからは私の考える面白そうな瓶詰地獄)無人島でもう二人で死ぬ気満々でいたから手紙を瓶に詰めて告白したのに、波間にプカプカ漂っていた瓶は「こんなとこさ流れている瓶なんてなんじゃろか。あの島から流れてきたとしか思えんわ」とあろうことかすぐに漁師たちに見つかり、しかも兄妹の存在を教えてくれる役目を担ってしまったので、漁師たちは親切心から無事救出してくれ、栄養失調状態で弱っていた兄妹を心配し、親のもとまでわざわざ送り届けてくれるんです。「んじゃ、あっしらはこの辺で」と去ろうとした時、漁師の一人が持っていた救出した三本の瓶を、「忘れるとこだったばい」と、兄妹が無事帰還し、感動で涙がまだ止まらない両親に「この子らが必死でしたためた手紙だと思うけん、しかと読んでおくってくなんさい」と言って、しっかり握らせ、いいことしてやったぜ、俺!な感たっぷりの良い笑顔全開で立ち去る…から始まる、本気の苦悩と葛藤の絡み合い。いかがでしょうか。面白そうじゃないですか?分からないですけど…
でもそうやって前提前提を考えないと、夢野久作の世界観が素直に心に入ってこないんですよね。
永井荷風とか泉鏡花は言葉遣いや情景は昔を彷彿とさせますが、登場人物たちの機微は今読み返しても違和感ない(と私は思うのです)のにって。
因みに、彼の生まれる100年近く前には、既にサドがジュスティーヌを書いてナポレオンに怒り狂われてんですよ、フランスでは。
なので、問題作と言う意味で名作になるという気持ちにもなんとなくなれないまま、でも『瓶詰地獄』の響きは気に入っていたので、好きになりたくてこの短編は何度か読みかえしていた時です。
(作品以上に強いアイコンとなった『夢野久作』という名前そのものがパワーワードと捉えるとそれはそれで凄いなと考えたりもしながら)
私は見つけてしまったんです。何かの単館映画を観に行った時、チラシを眺めていたら古き良き日活ロマンポ〇ノで『瓶詰地獄』が映画化されていたことを。日活ロマン~なんて、聞いたことはあるけどさすがに一生縁がないわと思っていたけど、まさかのここで『瓶詰地獄』。名画座で色んな日活ロマン~の作品の一つとして上映するよ!来てね!というチラシでした。
怪しい映画館で開催されるのではなく、名画座での上映だし、こんな機会そうそうないだろと。私は行きましたwwwwwwいつ頃だったかな?まだ働き始めて間もなかった気がするんです。忙しい中必死に時間調整して日活ロマン~を観に行く女でしたw
その時の私は『瓶詰地獄』の良さがようやく分かるかもしれないって思う気持ちの方が強くて、ロマン~とはエロが目的ということをすっかり忘れていました。
し・か・もwwwウケる事に、そんな私のようなア〇丸出しの方々がかなりの数いて、当日は結構大盛況な感じで、立ち見の方もいましたwww
そして普通に考えたらなんか想像つくかもですけど、エロ目的のおじさんも普通にかなり来場していたんです。見回すとおそらく拮抗状態。エロvsカルト(?)の無言で繰り広がっているカオス状態は、後にも先にもこれが初めての体験でした!
エロおじさん達の方が人数は半数位いたんですが、いつもと違う感じの若目の男女がシレっと席についているので、分かりやすく狼狽えており動揺している感が駄々洩れで伝わって来ていて、少し可哀想ではありましたw。
後から知ったのですが、この映画には往年のピンクスター(って言うんでしょうか?エロ界隈では凄く有名だった女優さん)、小林ひとみさんが出演していたので、おじさん達は一目見たかったのかもです。
しかし…。肝心の映画が始まると、ほんとにどうしてくれようと思っただけでした。いっそのこと日活ロマン~ってこんなにエッチだったの!ビックリ!くらいは思いたかったです。全てが中途半端な感じという印象でございました。
それがある意味映画館と観客も含めセットにした【瓶詰地獄】と言われたら、…うーん。それでも「さすが!そっか~なるほど~」とはならないかな、大体、そんな大物女優さんが何の役で何してたのかも全然気が付かなかったし、強いて言えば、この観客の静かだけどおかしなバトルの雰囲気だけは、ほんとになかなか味わえない感じでしたので良かったな、異世界の交流とは思いましたけど、今回書くのにあたって調べたら、今現在U-NEXTで視聴できるそうですけど、余程時間があったり、チャレンジ精神旺盛の方以外はお勧めできませんのであしからずです。
私はこの映画館の帰り道に夢野久作に何か気付きを求めるのはもう…しばらくの間はせめてやめようと決意したのでした。
だけどこうして、今でもなんで引っ掛かんないのかな~と不思議に思っているので、このような話を書いてしまっていますし、どうなんでしょうか。夢野久作を絶賛されている方々がやっぱり羨ましいです。分かるってそれが勘違いであったとしても凄い事だとお思うんですよ。
いつかこんな思いも忘れる時が来るんでしょうか。この記事をプリントアウトして瓶に詰めておこうかなw。何かいよいよとなったら(ってどんな時w)近所の川にそっと流してみたいですw






